戦国武将の愛刀・家紋 > 織田信長

スポンサー広告

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

織田信長

歴史を変えた風雲児 「天下布武 織田信長」

歴史を変えた風雲児
 「天下布武 織田信長」



愛刀 “長谷部国重”(はせべくにしげ)

        “義元左文字”(よしもとさもんじ)

武具 “当世具足”(とうせいぐそく)

愛馬 “大芦毛”(おおあしげ)

家紋 “織田木瓜”(おだもっこう)



織田信長

  好奇心旺盛で新しいモノ好き、楽市楽座を開いたり関所を廃止するなど、
 当時としては革新的な制度や事業を次々に導入し、戦場では南蛮鎧や
 ビロードマントを身に付けていたほど南蛮好き。

  戦では日本の軍事史上に残る革新的な戦法を採用した。鉄砲隊を三段に構え、
 次々と連続射撃するというものだ。当時の火縄銃は威力はあったが、
 発射するたびに銃内部のゴミを掃除し、銃身の先から弾込めする必要があった。
 慌ただしい戦場で、こんな面倒な手間がかかるのでは命が危ない。つまり、
 弾込めする前に、高速騎馬隊に踏みつぶされる可能性があったのだ。
  そこで、鉄砲隊を三段に分け時間差攻撃すれば連続射撃が可能になる、
 というのがこの「鉄砲三段撃ち」の原理である。

 かくして、戦国時代最強とうたわれた武田騎馬軍を壊滅へと追い込んだ。




愛刀 “長谷部国重”

 『へし切長谷部』と呼ばれることも。名前の由来は、信長に仕えていた
観内という茶坊主が無礼を働いたため、手討ちにしようと国重作の名刀を
ひっさげて城内を追いまわしたあげく、食膳をしまう棚に隠れたところを
棚ごと“圧(へ)し斬った”、というエピソードからその名がついた。



愛刀 “義元左文字”

 元束 一尺八寸(元は二尺六寸)

  三好宗三から武田信玄の父武田信虎に贈られ、武田信虎から今川義元に。
 以来、今川義元が差料とした銘刀。桶狭間の戦いで信長が勝利と共に
 この刀を自分の愛刀とし、本能寺まで常に信長の腰にあった。本能寺の後は
 豊臣秀吉、秀頼と受け継がれた。
  さらに秀頼から徳川家康に贈られ、家康の愛刀となる。戦国最後の合戦、
 大坂の陣では家康の腰を飾った。以来、徳川将軍の証として代々の将軍に
 受け継がれた覇王の刀である。
  明治維新後、明治天皇が信長に建勲(たけいさお)の神号を贈り建勲神社が
 創建される。その際に徳川家から「義元左文字」が建勲神社に返還された。



愛馬 “大芦毛”

 京都での馬揃えに出され注目を集めた、大柄な芦毛の馬。


家紋 “織田木瓜”


  外郭が五つあり中に唐花。
  木瓜紋は古く御簾の周囲にめぐらした布「帽額(もこう)」につけられた文様
 が独立したもので、一般に木瓜(ぼけ)や胡瓜の切り口を方だったとされるのは
 誤りらしい。この紋様は中国の唐代には官服の紋様にされていた。
  木瓜紋は日本人に愛された紋で、藤、カタバミ、鷹の羽、桐とともに五大紋の
 第二位にランクされている。
 均整のとれた模様は、日本人好みで、完成された曲線といってもいい。


織田信長にまつわる言葉

「天下布武」 

 「天下布武」とは「天下に武を布(し)く」と読み、「武力で日本全国を制覇する」
 という意味に思いがちだが、「武」は「武力」ではなくて「七徳の武」のこと。
 天下とは、日本全土という意味ではなく、もっと大きな、この世の中ということ。
 「天下布武」は、徳をもって暴力を使わず世を治める が正しい解釈。

        七徳の武・・・武とは、暴を禁じ、戦をやめ、大を保ち、功を定め、
                   民を安んじ、衆を和し、財を豊かにする、という
                   七つの徳を持つものである、とされる。


「武」という漢字の意味は、現代では「戦力、武力、武芸、軍事」として使われるが、
 もとは「戈(ほこ)を止(と)める」という意味。武器を持って戦うことをやめるということ。
 また「戈」はまたぐ、「止」は進むことで、一歩ふみ出すことであるともいわれる。



「人間五十年 
     下天の内をくらぶれば 
               夢幻のごとくなり。」


 「人間五十年 下天の内をくらぶれば 夢幻のごとくなり。一度生をうけ滅せぬ者の
  あるべきか。これを菩提のたねと思い定めざらんはくちおしかりし次第ぞと・・・」
 幸若舞曲の「敦盛」は素材を平家物語から取ったもので、一の谷合戦で
 平敦盛の首を討った熊谷直実が無常を感じて出家する話である。
 無常とは、はかないからこそ美しく、そこに本質があるという考え方。
 信長はこの無常観を持っていたようだ。「敦盛」がお気に入りだったらしく、
 特に「人間五十年・・・」のくだりが好きだったといわれている。

         無常とは仏教語で「この世のすべての物は常に変化し、
              永久不変のものは一つもないということ。はかなさ」



 
スポンサーサイト

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。